works/著作活動

2026.4.1 | #医療 #物語/文学

富永愛の「小説家」としての一面

弁護士・医師・そして書き手として、伝えたかった真実

富永愛先生は、医師免許を持つ医療専門弁護士であり、患者側弁護士として数多くの医療事件に向き合ってきた人物です。そしてもうひとつ、「小説家」という顔を持っています。

医療紛争の現場では、守秘義務という壁があります。患者さんやご家族に起きた理不尽な現実を、弁護士としてそのまま外に出すことはできません。それでも、「この不合理を、もっと多くの人に知ってほしい」という思いは積み重なっていきます。その思いを届ける手段として富永先生が選んだのが、フィクション・小説という形でした。

本記事では、なぜ「物語」でなければならなかったのか、書くことは弁護士の仕事とどう違うのか、そしてこれからどんな物語を描こうとしているのか。医療過誤弁護士である富永先生の「小説家」としての一面に迫ります。

医療裁判の「闇」を、もっと多くの人に知ってほしい

インタビュアー

弁護士、医師、そして小説家という三つの顔をお持ちです。「小説(フィクション)」という形で表現することには、どのような意味があると感じていますか?


富永先生

一番伝えたいのは、医療裁判の現実と、構造的な問題です。この世界には、患者さんや依頼者ご家族が思っている以上に、お金による複雑な力学が働いています。保険会社の利益のために弁護士が紛争を長引かせていたり、賠償金を値切ってきたり、病院側を擁護する大学教授の医学的に間違った意見が裁判を大きく左右していたりする。しかもそうした情報は一般の方々の目に触れることなく公開されず、当事者でさえ全貌を知ることができません。

医療従事者の方々も、気づかないうちにそういった構造に巻き込まれていることがあります。

「嘘はつきたくない」「真実を話したい」

医師はもちろん看護師や医療事務の方々は、本当は患者のためになりたいと思って仕事をしている。それぞれに守りたい正義感を持ちながら、組織の論理に飲み込まれ葛藤を抱えているシーンは『銀子』でも描いていますが、あれは決してフィクションではありません。

医療過誤が疑われる事案でも、患者さんや家族の平穏な生活のために、実際の事件をそのまま外に出すことはできません。けれど、「これと同じことが、これからも繰り返される」という確信があるときに、何もしないでいることもできない性分です。だからため込んできた思いをフィクションという形で吐き出したかった。

協力医として協力してくださる先生方にも、意味がある形で届けたかった。実は、医療事故の裁判に協力することで、自分の名前が表に出て仕事がしづらくなるのではないかと恐れている方は多いです。でも、その判断や証言が、依頼者ご家族のその後の人生にどうつながっていくのか、フィクションの形で伝えることで、同じ志を持つ先生が一人でも増えてくれたらと考えています。医療過誤の患者側弁護士は医者を潰したいわけではなく、何と戦っているのか、何に挑んでいるのかを知ってもらえることで、協力してくれる先生が一人でも増えてほしい、という願いを込めています。

ミスはだれでも起こす可能性があります。でも、起こしてしまってから、真実を話せて、適切に賠償をして前に進みたいという考えを自然に言える環境が増えてほしい。日本の医療裁判が、交通事故の賠償と同じくらいのレベルで、解決できる世界を作りたい。小説はその理想の形を示してみたいという、私なりのアプローチです。

 

医師は「リアルすぎる」、弁護士は「私にはできない」

インタビュアー


小説を書かれていることに対して、弁護士や医師、医療事故の当事者家族など、周囲からはどのような反応がありましたか?

富永先生

医師からは「リアルすぎて怖い」「情景が目に浮かぶ」「生々しい」という声をいただくことが多いですね。筆力は、まだまだだとわかっているんですが、それでも手術シーンなど医療の場面が「目に浮かぶ」と言ってもらえるのは、素直に嬉しかったです。裁判の怖さや不合理さも感じてもらえたら書いた意味があったかなと。

弁護士からは「そこまでできない」「理想ですよね」という反応が多かった。それは批判ではなくて、驚きに近い反応だと思っています。偉大な先輩が「この先生に会ってみよう」と思い立ったらとにかく動いてみる姿を見てきた。私は、それを真似してやってきただけ。でもすごいな、と思うだけではなく、自分もやってみる。その積み重ねが今の協力医との関係にもつながっています。小説の中でも、銀子の思考や関係者をどんどん巻き込んでいくアグレッシブな姿を見ていただくことで、真剣に依頼者と向き合いたいと思っている患者側弁護士にも、何か一つでもヒントになればという気持ちでいます。こんな仕事がしてみたいという人ももっと増やしたい。そういう意味では、医療事件を手がける弁護士仲間への熱いエールでもあるんですよね。

過去に依頼してくださったご家族からは、「富永愛という弁護士は、ここまでする人だ」と既に知ってくださっている方がほとんどです。最近では、小説を読まれて相談に来てくださる依頼者も増えてきました。弁護士という職業は、穏やかな日常生活でなかなか接点がありませんが、小説がその距離を縮めてくれているのかなと思っています。

訴状は「戦い」、小説は「吐き出し」―頭の使い方は全然違う

インタビュアー

弁護士として日々書かれている訴状や法律文書と、小説を書くときでは、頭の使い方や意識されていることはどう違いますか?

富永先生

実は、全然違います。訴状は、裁判官3人と相手方の弁護士、せいぜい4人に読んでもらうために書くものです。でも小説は、もっとたくさんの人に届く。それだけでも、書くときの気持ちがまるで違うんです。

訴状を書くことは「戦い」です。その文章で勝敗がかなりの部分決まってくるので、一字一句、神経をすり減らしながら魂を込めて書く。それに対して小説、特に1作目は「吐き出したい」「知ってほしい」という気持ちで書けました。許せない事実、知ってほしい現実を、フィクションという形で世に出したいという思いが純粋にあって、割とすらすらと書き進めることができたんです。

ただ2作目以降になると、「もっと面白く書きたい」「もっとわかりやすく伝えたい」という欲が出てきて、難しくなってきました(笑)。技巧を凝らそうとすると、途端に苦戦するんですよ。ビギナーズラックで生まれた1作目の勢いが、逆にプレッシャーになるというか。書くことは楽しいんですが、うまく書こうとする意識が邪魔をする感じです。

週に1日だけは、クリエイティブな時間

インタビュアー

実際に執筆されるのはどんなタイミングなんでしょうか?弁護士の仕事の延長という感覚ですか、それとは別の時間として切り離しているのでしょうか。


富永先生

小説を書くことも、「医療裁判の世界を変えたい。真実を知ってもらって、適切に賠償をして前を向ける世界を作りたい」という思いでやっているので、気持ちとしては、仕事に近い位置づけです。

でも、締め切りがないと全然捗らないんですよ(笑)。1作目も、締め切りに追われながらなんとか書き上げた感じでした。弁護士の仕事もある中で、毎週1日だけは全く別の頭を使う、クリエイティブな時間として確保するようにしています。執筆もそうですし、発信活動なども1日に集中させるようにしていて。その日だけは、弁護士事務所とは別の場所で仕事をするようにしています。場所を変えることで、弁護士モードからクリエイターモードに切り替えるイメージです。

次は、前を向く女性たちの物語を書きたい

インタビュアー

もし今後新しい作品を書くとしたら、どんなテーマの物語を書いてみたいですか?


富永先生

2026年の春頃には、「医療過誤弁護士」(銀子)の文庫本が出版される予定です。

それとは別に、医療被害を受けたご家族のその後の「前向きな姿」も描きたいと思っています。これまでの「銀子」では、どちらかというと医療訴訟の構造的な問題や、隠蔽される現実のほうにフォーカスをしてきました。それはそれで伝えなければならなかったことだったのですが、「医療事故にあって、それでも前を向いて生きている人たちの姿」に感動することも多くて。この仕事をしていると、悔し涙だけではなく、感動して泣く。その思いも、ちゃんと書きたいなと思っています。

個人的には、女性を応援するような作品にしたいなと考えています。私が普段向き合う依頼者の多くは、若いお母さんたちです。出産の事故にあって、重い障害を持つお子さんを育てながら、それでも毎日を懸命に淡々と生きている。怒りや不安を丸ごと飲み込んで、それでも前に進んでいる。そういう女性たちの強さに日々感動します。その感動を、フィクションという形で表現したいんです。

医療事故を題材にしながら、読んだ人が少し元気になれる物語を書きたいと思っています。

書籍紹介

富永愛先生の小説『医療過誤弁護士 銀子』

医療と裁判の両方の現場を知る著者だからこそ描ける、医療過誤事件のリアルを題材にした小説です。

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医療過誤でお悩みの方へ

患者側専門の医療訴訟弁護士として、まず「何が起きたのか」を一緒に整理します

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  • この記事を書いた人
    (プロフィール)
    富永愛法律事務所
    医師・弁護士 
    富永 愛(大阪弁護士会所属)

    弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
    外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
    医療と法律の架け橋になれればと思っています。