2026.2.3 | #医療 #法律
弁護士が「医療」に特化する意味とは?

医療過誤・医療訴訟に向き合う患者側弁護士─医療専門弁護士としての選択
「理想を語るだけでは、人は救えない」
学生時代に印象に残った元国連難民高等弁務官、緒方貞子さんの言葉です。
仕事をし始めてから、何度も考えるようになりました。
バブル崩壊後の「就職氷河期」に工学部に進み、司法試験に挑戦し、弁護士資格を得てから医学部に学士入学し、外科医になり、そして再び弁護士として医療裁判の世界に戻ってくる。
それぞれのステージで一貫していたのは、「人の役に立ちたい」「人にはできない専門的な仕事を極めたい」という、ささやかながら強い思いでした。
ここでは、私がなぜ「医療」に特化した患者側弁護士という、ニッチで厳しい世界を選び続けているのか。
その背景と、これからの時代を生きる若い弁護士の先生方への意義をお話ししたいと思います。
医療過誤・医療訴訟はなぜ「法律」だけでは判断できないのか
▶インタビュアー
医療過誤や医療訴訟は、他の民事事件とはまったく違う難しさがあると言われます。
▶富永先生
そうですね。医療事件は、「法律を知っていれば解決できる」という世界ではありません。
私は、患者側医療弁護士の役割は大きく三つあると考えています。
患者側弁護士が果たす3つの役割(セカンドオピニオン・交渉・裁判)
一つ目は、医療行為を第三者として説明する「セカンド・オピニオン」の役割です。
例えば、ある患者さんが術後に急変して亡くなったとします。
ご家族からすれば、「何かミスがあったのでは」と思うのは当然です。でも、カルテを丁寧に読み解いていくと、医師のミスだけでなく、
「患者さんのことを思って悩み、最善を尽くそうとした痕跡」も見えてくることが多いんですね。
ところが、実際の医療現場では、それが患者さんやご遺族にほとんど伝わっていないケースが少なくありません。
そのようなとき、私は患者側弁護士として、主治医に代わって事情を整理し、
「このケースは、残念ですが誰がやっても避けられなかった可能性が高い」とお伝えすることがあります。
それもまた、患者側医療弁護士の重要な仕事の一つだと思っています。
二つ目は、患者さんと医療機関のあいだのギャップを法的に埋める「話し合い」の役割です。
患者さんやご遺族が感じている怒りや違和感が、医学的・法律的にどこまで妥当なのかを整理し、医療機関側と交渉していくプロセスですね。
このとき重要なのは、医療機関側と同じレベルで医学を理解したうえで、専門医の意見にも謙虚に耳を傾けながら、「もっとも納得度の高い解」を探すことです。
裁判を起こすことだけが弁護士の仕事ではありません。
「争うべきではないケース」を見極め、相互理解の橋渡しをすることも含めて、患者側弁護士の役割だと考えています。
そして三つ目が、医療訴訟弁護士として裁判所を説得する「代弁者」としての役割です。
医療訴訟において、本当の意味で向き合うべき相手は、病院や医師というよりも、「医療の専門家ではない裁判官」だと言えます。
医療行為のどこに問題があり、どの点で賠償責任が生じるのかを、証拠と医学的なロジックに基づいて、第三者である裁判官に正しく伝わる言葉に翻訳していく作業が必要になります。
医療紛争の相談100件のうち、実際に訴訟に至るのはごく一部、数件です。
しかし、その数%のケースは、膨大な医学資料を読み込み、専門医と密に連携しながら、「この裁判官たちなら
理解してくれる」と信じて粘り強く説明し続けることが不可欠です。
この三つの役割を果たすためには、法律の知識だけでなく、医学の理解と現場感覚が欠かせません。
その両方を備えた弁護士は、まだ日本では本当に限られています。
だからこそ、この医療分野に挑戦する若い弁護士が、一人でも増えてほしいと、私は心から願っています。
外科医として見た「正直に話せない医療現場」
▶インタビュアー
実際に医師として医療現場に立たれた経験の中で、強く印象に残っている出来事はありますか。
▶富永先生
忘れられない場面があります。ある手術で、患者さんが手術中に亡くなったときのことです。
その手術室には、病院の副院長である外科医も立ち会っていました。
張り詰めた緊張感の中で、その副院長が発した言葉が、今も耳に残っています。
「正直に話す必要はない。」
執刀していた主治医の先生は、患者さんに本当に寄り添い、最後まで最善を尽くしていた、尊敬できる医師でした。
だからこそ、私はその言葉に、強い違和感を覚えました。
「患者さんに正直に話さないことで、この善良な執刀医は本当に守られるのだろうか」
「それを横で見ている看護師たちの心は、どうなってしまうのだろうか」と。
日本の医療現場では、残念ながら今でも「正直に話さない方が得」、
「嘘をついても誰も気づかない」という空気が残っています。
正直に問題点を指摘すれば、医局の中で浮いてしまう、居場所がなくなる。
だから多くの医師が、あえて黙ることを選んでしまうのです。
医療事故調査報告書と「秘かなウソ」
医療事故調査制度が始まって10年以上が経ちましたが、医療機関に忖度したような報告書はいまだに少なくありません。
産科医療補償制度の原因分析報告書を読んでいても、「これはさすがにおかしい」と感じる表現に出会うことがあります。
こうした「秘かなウソ」を誰かが指摘し、「正直に話して、きちんと賠償をしてから前に進む」ことができる社会に変えていくには、医療と法律の両方を理解した存在が不可欠だと感じました。
外科医として現場を知り、弁護士として紛争の構造を知る自分が、その役割を担うべきではないか。
医療現場の閉鎖性や不透明さを目の当たりにするほど、その思いは強くなっていきました。
なぜ私は「患者側」の医療専門弁護士になったのか?
▶インタビュアー
先生は弁護士になってから医師になられていますが、その順番が「患者側弁護士」という立場に影響しているのでしょうか。
▶富永先生
とても大きく影響していると思います。
医師になってから弁護士になる人は多いですが、どうしても医療機関側に軸足が置かれやすいと思います。
自分が育ってきた医療の世界を守りたいという感情は自然ですから。
でも私は、先に弁護士として紛争を見る目を持ってしまった。医療事故を見ても、「外科医」としてだけでなく、
「弁護士」として、「これは誰がどこで責任を取るべきか」、「この説明は患者さんに対して十分だろうか」などと考えてしまうんです。
実際、医学生・研修医時代から、院長や教授クラスの先生方に「ここ、法律的にはどうなの?」と相談されることがよくありました。
そういう場面に何度も立ち会う中で、「自分の軸足はやはり弁護士なんだ」と意識せざるを得ませんでした。
法律を知る存在が医療現場に必要なんだということも肌で感じていました。
医師としてのキャリアを積んだあとも、医療機関側の顧問になるより、専門家の少ない「患者側」の立場として医療と向き合うほうが、自分には自然だったのだと思います。
患者側の医療訴訟は、経済的には決して楽な仕事ではない
▶インタビュアー
患者側の医療訴訟は、経済的にはかなり厳しいと聞きます。その点についてはどう感じていらっしゃいましたか。
▶富永先生
正直に言えば、かなり厳しかったです。
外科の専門医を取得して、手術、外来、健診、特に女医は乳がん検診の引き合いも多くがん検診だけでも1時間1万円以上の報酬が入ります。
医師として地道に働けば、生活は安定していました。
一方で、患者側の医療事件は、勝たなければ成功報酬は入りません。
何年もかけて準備しても、勝率は低く、赤字で終わることのほうが多い世界です。実際、開業当初の数年間は、スタッフの給与や事務所の家賃を払うために、外来に立つ。完全に「医者で稼いで、弁護士事務所の赤字を埋める」状態でした。
それでも私が患者側に立つことをやめなかったのは、医療現場で見てきた「こんなことが許されてしまうのか」という現実への違和感が、どうしても消えなかったからです。
最初に担当した医療訴訟では、一審で敗訴しました。外科医として医学的には明らかにおかしいと思っていた論理が、そのまま判決文に書かれてしまい、「これが医療集中部の判断なのか」と本当に愕然としました。
それでも高裁でひっくり返すことができ、「まだ分かろうとしてくれる裁判官がいる」と知った。
もしあのまま負けていたら、外科医の私がやっても裁判官を説得できなかったと落ち込み、私は医療裁判を続けていなかったと思います。逆転勝訴できたことで、「自分にしかできない仕事かもしれない」と覚悟を決める転機になりました。
「なんでもできる弁護士なんていない」
▶インタビュアー
地方では特に、「何でも屋の弁護士でなければやっていけない」という考え方も根強いように思いますが、その点についてはどうお考えですか。
▶富永先生
私ははっきり、そんなことはないと思っています。そもそも、なんでもできる弁護士なんて、いません。
どんな病気でも治せるブラック・ジャックのような医者が現実に存在しないのと同じで、すべての分野を高いレベルで扱える弁護士も存在しません。
それにもかかわらず、その事実は長いあいだ依頼者に十分伝えられてこなかった。
その結果として、「何でもやります」とうたう弁護士が今も少なくないのだと思います。
しかし本来、法律の世界も医療と同じで、専門分化が進むほどに、分野ごとの知識と経験の差が結果に直結します。
ジェネラリストでいることが必ずしも悪いわけではありませんが、「すべてを高い精度でこなせる」ことと「何でも受ける」ことは全く別物です。
AI時代に「医療特化」の弁護士が生き残る理由
▶インタビュアー
AIが法律実務に入り込んでくる中で、弁護士の将来をどう見ていますか。
▶富永先生
AIが代替しやすいのは、「誰でも短期間で身につけられる仕事」です。
定型的な書類作成やリサーチ、過去の裁判例の検索といった業務は、確実に機械の方が速く、安く、正確にこなすようになります。
そうなると、短期間の勉強で対応できる分野ほど、価格競争に巻き込まれていくでしょう。
だからこそ、時間をかけて積み上げた知識と経験が初めて意味を持つ領域─「すぐには真似できない専門性」を持つことが、これからの弁護士にとっての生存戦略だと考えています。
医療事件弁護士は「片手間」では務まらない
医療紛争は、その最たる分野です。
医学的な基礎知識、診療ガイドラインの理解、各診療科特有のリスクや判断プロセス、そして裁判所がどこまで医療を理解できるのかという感覚。
これらは短期間の勉強では到底身につきません。
実際、医療事件は一つでも重労働です。一人でできる相談件数も訴訟件数も限られていますから、「片手間で年に数件だけ扱う」スタイルでは、一生かかっても本質的なレベルに到達できない分野です。
一方で、医療に特化して全エネルギーを注げば、数年で「他分野の十数年分」に相当する経験値が積み上がります。
例えば、頭痛・嘔吐を訴えて受診し、短時間で亡くなられたケースの相談だけでも、私のところには「今年何件目か」というくらいの頻度で相談が来ます。
同じタイプの事案を何度も見ていると、最初の電話相談の段階で、医学的にも法律的にもどこが争点になるのかが瞬時に分かるようになってきます。こうした蓄積は、AIにもジェネラリストにも簡単には代替できません。AIに適切な指示をして駆使するためにも基礎知識や経験が必須になります。
医療に特化することは、医療専門弁護士として生きるという意味で、単に「好きな分野を選んだ」という話ではありません。弁護士としてこれからの時代を生き残るための、極めて現実的で戦略的な選択だと、私は考えています。
若手弁護士へ─「タグ」を持って、自分にしかできない専門性を
▶インタビュアー
弁護士が増え続ける時代に、若手の先生方はどのようにキャリアを築いていけばいいとお考えですか。
▶富永先生
ロースクール世代以降、弁護士は「過多」と言われるようになりました。
かつては数%の天才しか受からなかった試験が、今は数十%が合格する時代です。そうなると、「同じ資格を持つ弁護士がたくさんいる中で、自分は何者として選ばれるのか」という問いから逃げられなくなります。
私は、若い弁護士の方々に、ぜひこう問いかけてほしいと思っています。
「10年後、自分はどんな“タグ”を持った弁護士として選ばれていたいのか」と。
「何でもできます」という自己紹介では、もう差別化できません。依頼者はインターネットで弁護士を比較し、ホームページや発信の中身から、「この人は本当にこの分野が分かっているのか」をシビアに見ています。だからこそ、ふわっとした言葉でごまかすのではなく、自分が積み上げてきた経験や知識を、具体的な形で示していく必要があります。
医療事件の分野は、決して楽な道ではありません。
半年間まったく報酬が入らないこともあるし、どれだけ準備しても勝てる保証はない。それでも「やりたい」と思える人にしか続けられない領域です。
でもその分、「これは自分にしかできない仕事だ」と実感できる分野でもあります。一人の患者さん、一つの家族の人生に深く関わり、その人たちと一緒に真実を探していく。その過程で積み上がる知識と経験は、自身の市場価値そのものになります。
特に女性の弁護士にとって、専門性を持つことの意味は大きいと感じています。
私自身、子育てと両立しながら細く長く積み上げてきた経験が、今の仕事を支えています。フルタイムで働けない時期があっても、「医療」「患者側」「医療訴訟」といったタグがあれば、時間が戻ってきたときに、また前に進める。
どうせ人はいつか死にます。自分がいなくなった後、何も残らないのは、やはり少し寂しい。だから私は、これまでの先輩たちがやってきたように、自分のような患者側医療弁護士が一人でも増えるための、種を出来るだけたくさんまいておきたいと思っています。
「弁護士として医療に特化し、医療分野専門弁護士として生きる」という選択は、覚悟を要する道です。それでも、「苦しむ人のそばに立ちたい」「人にはできない仕事を極めたい」と、心のどこかで思っている若い弁護士の方がいるなら、その扉を叩いてみてほしい。
医療と法のあいだに立ち、誰かの「秘かなウソ」をただ責めるのではなく、正直に向き合える社会をつくっていく。その営みの中にこそ、弁護士としてのやりがいと生存戦略が、同時にあると私は信じています。
医療過誤でお悩みの方へ
患者側専門の医療訴訟弁護士として、まず「何が起きたのか」を一緒に整理します
医療事故や医療過誤に直面したとき、多くの方は
「これは仕方なかったことなのか」
「誰かのミスなのか」
「病院の説明を信じていいのか」
が分からないまま、深い不安の中に置かれます。
私は、患者側専門の医療専門弁護士として、カルテ・検査結果・診療経過を医学的・法的に読み解き、「何が起きたのか」「争うべきか」「争うべきでないか」を、正直にお伝えしています。無理に裁判を勧めることはありません。しかし、争うべき医療過誤を見逃さないことは、患者側弁護士としての責任だと考えています。
こんな方はご相談ください
- 突然の死亡・重い後遺障害について、病院の説明に納得できない
- 医療過誤かどうか分からないが、モヤモヤが残っている
- 他の弁護士に相談したが「医療は難しい」と言われた
- 病院や保険会社の対応に不信感がある
- 裁判をすべきか、話し合いで解決すべきか判断できない
ご相談の流れ
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1. お問い合わせ
フォームまたはお電話でご連絡ください。
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2. 資料の確認
お持ちのカルテ・診療情報・説明書などを拝見します。※揃っていなくても構いません。
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3. 医学的・法的な初期評価
医療専門弁護士として、医療過誤の可能性と今後の選択肢を整理します。
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4. 方針のご説明
訴訟・示談・何もしない、すべての選択肢を正直にお伝えします。

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この記事を書いた人
(プロフィール)富永愛法律事務所
医師・弁護士
富永 愛(大阪弁護士会所属)弁護士事務所に勤務後、国立大学医学部を卒業。
外科医としての経験を活かし、医事紛争で弱い立場にある患者様やご遺族のために、医療専門の法律事務所を設立。
医療と法律の架け橋になれればと思っています。